Wirklichkeit

1190

夜のしじまに 夢は花ひらく

1180

戦うことはもうやめた 流れる血をあつめて 薄めて透明な涙になったなら 海が出来るだろう 溺れかたを知らなくても 沈んでゆける 深緑色の天国

1170

触れられない存在がより一層遠ざかってゆく 倦怠はなにも産まない なにも育たない 進むことも戻ることも出来ないのは はじめから一度もそこにいなかったから 川面を躑躅の花が 桃色の小舟のように流れてきて そのうち波にもまれて消えていった 赤子の丈ほど…

1160

去年の春 もうほとんど夏みたいに暑い日に 海沿いを走る電車に乗って若葉の山へ行った 空は青くよく晴れていたし 眼前に広がる平野もやはり青かった ミドリとアオについていつか話したことがあるひとを夢に見た 信号機の色は緑でも青というけど 青魚は青い …

1150

空の色の変化 木の芽時は正気でなくなるなんてことはなくて いつも踊っていたい

1140

ジュブロフカのりんごジュース割が好きで ドイツ人のFはその味をアップルケーキのようだと言ったが わたしは桜餅の方が目に浮かんだ これまでに食べてきたものが違ったから なんの変哲も無い ただアルコールを保存するためだけのごく普通の丸いガラス瓶 そ…

1130

豆の実を鞘からはずす時 青臭いにおいがして子供のころに遊んだ草花のことを思い出した 根菜や菜っぱを切ったり 牛蒡を洗ってもそんな気持ちにはならない 豆ごはんをつくるときの懐かしさや 炊きあがりへの楽しみ お米と豆の味がちゃんとするのがいい

1120

春のぬかるんだ土が冷たい 雲雀はまだ歌わない 鳶はこのところよく飛んでいる 農夫たちが畑を耕し始めたからだろう 果てしなく広がる集団農場のうえに青空 冷たい風が吹きつけ それでも太陽の輝きが嬉しくて歩きつづけた 身体以外なにも失うものがなかったあ…

1110

神さまがいてもいなくても 声だけ聞こえて姿が見えなくても 誰かを信じさせなければいけないとか 上手く説明しなきゃいけないとか そういうことはないので大丈夫 また何処かで会うかもしれないその時に ちゃんと愛せますように

1100

目標も目的地もないから回り道も寄り道もない わたしは世界の果てで かつてあなたと過ごした日々の断片を夢にみる 小鳥を殺さなかった 籠のなかに閉じ込めることも 羽根をむしることもしなかった霙が降る午後 また何処かで出逢うだろう 放浪する旅人は港を求…

1090

石と蘭 ガラス製のみずうみ を 泳ぐ あたしの部屋な寒すぎて枯れてもーてん 窓側に飾ってたんやけどなぁ うち蘭の花ようけあったのに花が咲いてたの全然知らんわ そらそやろ咲かへんかったでや この石まえに何処やらで買うたんやけど どこやったかな なんや…

1080

芽キャベツを買った 熱湯の中で鮮やかな色に茹であがる 春よ ちいさな実は幾重にも重なる緑の衣 湯気は青くさくたちあがり 金属製のザルのうえで丸々としている 雲雀のうたはまだ遠い

1070

蒸発したはずの青年は金曜日の夜に見たのが最後だった 手を振って別れたあとの後姿はいたってふつうで 書置きと一緒に置かれた携帯電話は充電切れで電源が切れていたらしい その後 彼は元いた場所へと戻った 死んだのではなく二度とわたしたちの前へ姿を現さ…

1060

冬は花が長くもつのがいい 冷えた薄暗い玄関で 光が射すわずかな時間 静寂のなかに佇む色彩を愛でる

1050

あなたの御心によって浄められた むせかえるような歓喜のうちに迎えたまどろみのまま あなたのもとへ逝けますように

1040

レールを押さえるのに打ち込まれた犬釘はすっかり錆びて 枕木自体もかなり朽ちてていた 苔生した停車場は使われなくなって久しい ふるさと という単語から連想するのは うさぎ追いしあの山であり 小鮒釣りしかの川であるのだけど そんなものはもう殆ど無くて…

1020

破綻するはずの関係性を無理矢理維持し続けたら いつか強い絆が生まれるのか 皺寄せが来るのかわからない わたしは呪う あらゆる形式を重視した無感動な愛を 義務的に強制された望まれない愛を 尊び 妄信的に崇拝することのほうが清らかである矛盾 あるいは…

1010

むかし 友達とふたりで白い壁沿いの道を歩いていたとき ふいに門扉が現れ (ふいに というのは本当はおかしい その壁も入口も少なくとも100年以上前からあるのだから) なかには銀杏並木と一面金色に光り輝く落ち葉で埋め尽くされた砂利道がひろがっていた 底…

1000

わたしのなまえをただしく呼んでほしい それがなにであるか既にご存知のはず まだ憶えているならば ケルキパの山に初めて雪が降り その寒気が麓にまで届いたような寒い夜だった あなたは長い黒髪を頭頂部で束ねて まるでサムライのようだった 若さは単純に美…

990

わたしはもう死んだひとしか愛せない 解散した楽団が演奏していた曲の録音を繰り返し 解体された国の伝承を読みながら 誰も来ない停車場でひとを待ち続けている 空は遥か彼方で轟くが雪は音もなく降る そのことを教えてくれた伯父は七年前に死んだ 惨たらし…

980

誰のことも忘れていくのだ 嘘も本当もないまぜにして 傷は出来るだけ浅くなるように 痕が残らないようにしなくてはいけない なにが最善であるか 犯した罪を償うため最良の方法を彼は苦心して選び出す もはや手遅れである事実を目の当たりにして それでも生き…

970

不確かな夢の続き 赤い花も 赤いスープも 血のようだと言われるが わたしはそれらを好んでいる 望んで名乗ったわけでもなく その姿から名付けられただけで 名前の音の悪さから忌み嫌われることの理不尽さを忌々しくおもう 赤い花がどれもこれも炎のようだと…

960

北の町で暮らす叔父から小包が届いた 今年も雪が降る前に河へ行ったらしい 特に手紙らしいものも入ってはいなかったけれど 彼は魚を捕まえるのがとても上手いのだ 髭もじゃで 縮れた長い髪を束ねた大男だから私や兄が幼いころは ずっと 熊さんと呼んでいた …

950

忘れたころにまた会って傷ついて 少しも学ばない 誰も笑うことすらしなくなって 違う日の話をする そしてやっぱり忘れていたことを思い出して後悔する 大したことじゃない あれもこれも ほんの擦り傷で絆創膏すら要らない なのにいつまでも膿が出る いっそ血…

940

昨日みた夢には 10年くらいまえに親しかったひとがたくさん出てきて 少し懐かしいような気持ちになったけど 目覚めたところで 誰の連絡先も知らないことを思い出した 苗字が変わってゆく女たちのうち 何人かは元の名に戻した ニルゲンドヴォでは決してありえ…

930

私たちのこと誰も知らない街へ行きたいね なんて どうだっていいんだけどさ 初めから楽園なんて無かったわけだし ねぇ あと数日のうちに君はまた何処かの海へ行ってしまう けれどもわたしは港へ行かない 旅券は間もなく有効期限が切れて使えなくなるし そも…

920

夏休みが終わっても 寂しくない もうずっと友達だから会えなくても平気 なんて嘘 季節が変わっても一緒にいられたらいい どんどん夜が長くなるから もっと傍にいたい

910

8月は命日が多すぎる 風のない午後 アスファルトの道路に蜃気楼 喜ぶとか悲しむとか 愛するとか憎むとか 言葉で説明できない感情を持て余して蔑ろにするのか あの子がいなくなってから何度目の夏なんだろう 揺らぐこともない樹々が空に向かって立ち尽くす …

900

集めてはいけない秘密を墓場までもってゆく季節 入道雲も鳳仙花も蝉時雨もない不夜城で過ごす あなたの指がわたしの内臓を擦る音と 荒くなる呼吸の音だけがやけに大きく響く 磨り減って行くのは冷たくなった心で それ以外なにもない

890

すぐに消えてしまうもの 泡 蜃気楼 煙 虹 そういったものを美しいと思う 常にかたちを変えてゆくものを 追い求めることを辞めて どの瞬間も 愛しく思う 波のかたちも 砂の模様も すべてちがう世界で わたしはあなたのすべてを尊び 安らかであることを祈る