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芝生の上で転がり はしゃぐことは楽しい 側転を見せようとしたら スカートが捲れてしまうからいけないと窘めた彼はきっと ヴァージン・スーサイズを観たことがないだろうし 当然13歳の女の子だったこともない それはわたしが線路沿いを歩いて探検した夏休みを一度も経験することなく大人になったように

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歯科医院へ行った べつに痛むところも 悪いところもなかった 2年前より歯茎の具合が良くなったと言われたが理由はわからない 2年前が酷すぎたのかもしれない

親不知は生えないままだった 欠損することもなかった 何年か前にもっと歯列を美しくしたいと訴えると 生活で困らないなら矯正するほどではないと言われ たしかにそうだったかもしれない

 

他人の口のなかに指を入れるのが好きなので 欠伸をした何人かは犠牲になっている これまで誰にも噛まれたことはない 次は駄目かもしれない

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日に焼けた男の子が家出をして 72時間の自由を手に入れた 遅すぎた思春期と長すぎた反抗期のすえの短い夏休み 彼女が歳下の恋人と早い結婚をしたのが何月何日 何処の教会だったかなんてどうだっていいし 適齢期の夏 死に方以外に興味が無かった 蝉は地上に出たら7日で死ぬというけれど正しく数えたことはない きっとこれからも知ることはない

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集めてはいけない秘密を墓場までもってゆく季節 入道雲も鳳仙花も蝉時雨もない不夜城で過ごす あなたの指がわたしの内臓を擦る音と 荒くなる呼吸の音だけがやけに大きく響く 磨り減って行くのは冷たくなった心で それ以外なにもない

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キャッチャーになりたかった ライ麦畑であの子を抱き止めることが出来たらよかった ハンドバッグの底からひしゃげたチキンサンド コンビニの袋に入ったままで くすんだ黄色のハニー・マスタードソースがはみ出してる それはこの夏とても流行している少し長めのスカートの色に似ている 

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書かれなかった言葉だけを集めたことする

 

見なかったことにした現実 聞かなかったことにした秘密 言わなかったことにした告白 愛さなかったことにして肉体を貪り喰らうのが正しい世界で 虚構は崇高な言葉として 人々の心を震わせ 涙を誘う美しい物語となる 理想としての悲劇 自分以外の誰かが愛に溺れて死ぬ夢

 

墜落しても 爆発しても 死なない英雄の冒険が好きなのに

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過ぎていった日々の匂いは 届いて一番にひらく新聞紙のインキ 洗剤と糠床が混じった井戸端 燕脂と白と黄色の小菊 水に浸かったその茎のぬめり 麦酒または日本酒 焦げた肉と玉蜀黍 藻が増え過ぎた金魚鉢 汗は最も身近であるのにあまり思い出さない

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髪を切った 恐らく誰も気付かないだろう それでも維持することは容易ではないのだ 美しいまま保つということ 庭の植木と同じこと

あのひとはわたしの髪を指ですくので 滑らかにしておかなければならない 別に絡まったっていいけど あのひとに撫ぜてもらいたいので 健やかでありたいと思う 

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あまりに広い空の青さから流れるようにして 泉に潜った灼熱の街で なにも失うものが無かった 誰に必要とされることもなく ただいたずらに 責任を必要としない自由のなかに生きていた あの心細さ 未来を描くことすら出来ない空腹 砂の城を築くには水が要る 燃えるような太陽の陽射し 行先ももたず 帰る場所もないという自由 なんという地獄