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緩やかに溶けていった氷砂糖のようにソリッドな夢は 三日月よりも鋭くて甘い 7月 望めばなんでも手に入る 夏の魔法をかけたから 禁じられた愛すらも まやかしのひとときならば

オレンジ色の鞄を持って 街に出かけよう 薄荷のキャンディを舐めながらハイウェイを ロードスターで駆け抜けてゆける どこまでも いつまでも 夜が醒めるまで

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穏やかな眼差しが獣の眼光を放つと 眩しさのあまりわたしは眼を閉じてしまう 柔らかな頬 滑らかな皮膚 そのしたで動く筋肉 あのひとはわたしの神さまと瓜二つで でも少しも似ていない アルカリと酸 北極と南極 砂糖と塩 そう本当に少しも似ていない 鋭い眼差しが わたしの心を撃ち抜くことだけが変わらなくて 苦しい

 

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対岸では河床の下に備えられた電撃殺虫器が 等間隔に青白い光を放ちながら ばちばちと音を立てている 通りすぎてゆく自転車の前照灯が時おり辺りを照らすだけの暗闇 岸辺の草むらのなかでわたしたちは眠る まるで死んだように眠る サイレン わたしたちはほとんど死んでいる 夜風はとおくの山の雨で冷えたのか 火照る肌のうえをやさしく滑ってゆく そのことをまだ誰にも話してはいない

 

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すぐに消えてしまうもの 泡 蜃気楼 煙 虹 そういったものを美しいと思う 常にかたちを変えてゆくものを 追い求めることを辞めて どの瞬間も 愛しく思う 波のかたちも 砂の模様も すべてちがう世界で わたしはあなたのすべてを尊び 安らかであることを祈る

 

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骨のように白い髪飾りを買った 鼈甲色と迷ったので 隣にいた男にどちらが好ましいか尋ねると 彼は迷わずに白を指差して 女の子には白いものを身につけて欲しいんだと照れ臭そうに答えた

 

わたしは彼らが求めるように振る舞うことが好きなので 白い髪飾りを選んだ それは牙の白 骨の白 クチナシの花に似た白をしている

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誰も彼もが悪いひとばかりなので この茶番 すこしも面白くない

彼女が彼女のことを それほど好きじゃないひとしか愛せないのは どうしようもなく不幸なことではあるにせよ 誰からも愛されないよりも 幸福なことなのだろうか 神様はあなたが思うよりずっと 愛してくださるというけれど

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退屈しのぎだったはずの恋煩い あるいはもう 死に至る病 その白いブラウスはまだ汚れてはいないのではなく 漂白されただけ つまり汚れたら洗えばいいし 破れたら繕えばいい そんなに難しいことじゃない 元に戻すことなんて なにも出来やしないんだから

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簡単に揺らいでしまうのではなく 強く愛しすぎてしまっただけで 彼女はわたしを魔性の女だというけれど なんてことはない 他人より執念深いだけだ
抗うことを諦めて深淵に飲み込まれてゆくのか 痛みを忘れた肉体から 流れ出た血液にヘモグロビンが足りないことをどうにも出来ない 込み上げてくる吐き気 誰のことも期待してはいけない 求めてもいけない 揺らいでしまうことを止めろ さもなくば血は涙で洗い流せ! 

思考を停止したときからファクシミリを送り続ける 白紙のまんなかに一本の線 それを途絶えることのない愛だとは呼ばない