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B.Bと呼ばれたあの有名な女優と同じ名前をもつ美術教師は 初めて会った時からわたしのことを気に入ってくれた どれくらい気に入ってくれたかというと 単位を取らなくていい講義の時間には自分の授業を受けたらいいと強引に空き時間を埋めてしまったり 違うクラスの授業のときでも出席を認めたりしたくらいだ
プラチナブランドの髪と ふくよかな体型に化粧気のない白い肌で 彼女の年齢は判らなかったけれど 実はそれほど若くなかったのかもしれない
彼女の部屋は学舎の一番上 塔の中にある丸い部屋だった とんでもなく散らかっていたけれど 油絵の具の匂いがして心地よかった 家には一度だけ連れて行ってもらったことがある わたしたちは台所で一緒にサーモン・ムニエルを作りながら食事を摂った サワークリームに散らばめられた黄緑色の柔らかなディルの香り 黒く濡れたランプフィッシュの卵 雪の日のことだった わたしたちは間接照明の光が穏やかな寝室のソファに並んで座り 電話帳より分厚い美術書を読んだ というよりは眺めた そうしながら彼女は月に一度 首都へ行きセラピーを受けているのと話し始めた
北国の夜は早いので 私たちが会った時すでに陽は暮れていたのだけど あまり遅くならない内にと 彼女は旧型のメルセデスに乗せ家まで送り届けてくれた 道中 吹雪が止んだ雪道は家から洩れる光や 橙色の街灯やらすべての光を反射してやたら明るかったのをよく覚えている
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ニルゲンドヴォに秋が来たというので 遊びに行くと 村の入り口でちいさな妖精たちが赤やオレンジ 茶色のペンキで汚れた服でふざけていた どうやら樅木を紅葉させようとしていたらしいが あまりに背が高いので諦めて地面に手形を付けて落ち葉が積もっているようにしてきたらしい そんな馬鹿なことをしてはいけないと窘めると げらげら笑いながら秋桜畑の方へ行き 大きな声で花占いをし始めた
すき きらい すき きらい すき きらい すき すき!
げらげら笑い転げて また花びらをちぎる
すき きらい すき きらい きらい すき きらい すき!
何度やっても好きで終わらせるのだった
呆れて家に入ると 妹が真剣な表情で菊の花をむしっていた すき きらい すき きらい… こちらはだいぶ時間がかかりそうだったけれど やはり最後のほうでずるをして 2枚一緒にちぎって好きで終わらせていた
花びらはその日の夕食に出たスープと浮かんでいた
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鳥は歌わぬ 都会の午後に
愛は流れぬ 淀んだ水辺を
風がそよぎて木々は揺れ
哀しげに笑う顔を隠した
他人になれたら楽なのに
いつまで経っても愛しい
もう一生会えないとても
忘れないでと私は言った