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死に至る病というよりは 性質の悪い風邪のようなものだった あなたが幸せになってほしいし わたしも幸せになるべきだからなんて格好をつけていたけれど 彼では彼女を幸せに出来ないと見切りをつけただけのことで ただ時間がかかりすぎたのだ 長い目で見れば大したことではないにしても 終わってしまえば どうということはない 流れない河は澱んで濁り 水面を漂う浮草だけが活き活きと深緑色に輝く
澄んでいきますように
2,000日の眠りから醒めたとき 嵐は過ぎ去っていた あの日生まれた子供たちは 今やたどたどしくも自分の名前ならば漢字で書けるし 補助輪なしの自転車にだって乗れるようになっていた 彼女は仕事を見つけ 税金を納められるようになり 穴の空いた下着を繕うのをやめた それがどうしたのかと言えばなんてことはない いずれ忘れてしまうだろう プリズムで分散した光が部屋中に広がりラジオが女優の訃報を告げた
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ふるい映画を観た 非常によく知られた曲が今なお新鮮さを失っていないと人気で 曲だけを知っているひとも少なくないと言われている マトカは若いころ汽車を乗り継いで街の映画館まで観に行ったというが 肝心の内容は忘れてしまったらしい 実際のところわたしも鑑賞後に印象的だったのは かの有名なダンスシーンで 他のことは朧げにしか残っていない 確かにどきどきするような逢い引きや 危険な取引を命がけで行う場面もあったのだけど しなやかな動物のように 咲き誇る大輪の花のように踊る姿と比べれば 記憶に残らないのだった 優れた作品というものはそういうものなのかもしれない 或いは愚直に感動を味わいたい大衆向けとも言えよう そこから何か無理に産み出そうとする必要などないのだ 何も考えずにただ感動して流す涙の熱さに気がつけたらいいし 気づかなくたっていい