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ケルキパのほうから便り 彼女は男の子を産んだ

 

差出人の名前を書き忘れた封筒 その文字を見ただけですぐにわかる もう10年以上会っていないけれど わたしたちはとても大切な時間を共有しているので お互いが忘れてしまわない限り 一生会わなくても平気なのだ とはいえ出来ればまた昔のように話したいし 彼女のかわいい子供にも会いたいと思う

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覚えられない日付がある 7と9 それから 24と26 友達の誕生日を忘れてしまうのだ

今のところ 忘れがちなのだと先に謝っておくことで許してもらえているけど 夫の誕生日でも覚えられなかったから 誰のというわけでなく 数字のほうに原因がある 24歳の時もそうだった 絶対にわからなくなるのだ 最寄りの路線バスの系統番号でなくてほんとうによかった きっと迷子になっていただろう この信じがたい間抜けな理由で!

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灼熱の大地に降り注いだ あの暴力的なつよさの風雨を 激しい稲妻を 通り過ぎていったあとに残された水浸しの道路を ほとんど忘れかけていて どうして橋が渡れなくなったのか 門扉は永遠に閉ざされることになるのか やがて誰も知らない日がくるのだろう

切通しは埋められて もうどこにも通じることはない あちらもこちらも 河岸に咲く曼珠沙華

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ビーツが安く売られていたので つい買ってしまったけれど 子供のころはこれの酢漬けが大嫌いだった まず色が気に入らない 赤というより紫をしていて 波状にスライスされたのが丸いかたちをしていて それは円筒状に切ってから波状にスライスしているのかもしれないが 知ったことではない 学食のサラダバーでは 赤黒い汁がなみなみとそそがれた銀色の器にそれが山盛りになっていて サワークリームと一緒に混ぜながら食べると白い皿の上はピンク色の地獄になった だからその隣にある人参の千切りをよく食べていた 砂糖をかけて食べるのだ 考えてみれば人参の栄養で相殺できないほど糖分を摂り過ぎている

 

ビーツをいったいどうしよう

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風とか 光とか 水のこと 森の匂い 草むらの音 黄色い茸で籠をいっぱいにして バプチャは日暮れ前に帰ってくる わたしは国境警備の男と寝る代わりに 塩漬けになった豚肉を手に入れて冬に備える 寝台は燃えない 彼らはわたしの身体を愛撫しながら もっと肥りなさいという 栄養が足りていないのだね こんな森のはずれに暮らしているから そう言いって 街で買った櫛や首飾りをくれたり 魚や肉の缶詰を持ってきてくれる オイジェツは出稼ぎに行ったきり戻らない 本当は見たこともないけど

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半練りの化粧品は金属的な光り方がまるで鯖の鱗のように鈍く光っていた 店員は早く帰りたそうな顔をしながら それが最旬流行色だという 冗談でしょう それは90年代の色味 サイエンス アンド フィクション あるいは サイケデリック フューチャー だけどやって来なかった未来のこと だってまだわたしの身体はリチウム電池で動かないし 転校生は宇宙人じゃなくてただの不良だった 彼女のことは一度花火大会の日に露店で焼きそばを売っているのを見かけたきり知らない とても綺麗な子だったけれど ああ そんな色を顔に塗るなんてどうかしてると思った 本当にどうかしている

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忘れたころにまた会って傷ついて 少しも学ばない 誰も笑うことすらしなくなって 違う日の話をする そしてやっぱり忘れていたことを思い出して後悔する

大したことじゃない あれもこれも ほんの擦り傷で絆創膏すら要らない なのにいつまでも膿が出る いっそ血が流れたら救われるのか それとも呆気ないほど簡単に 息絶えてしまうのかしらん

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可愛くてチープな下着はすぐにくたびれてしまう 繊細というほどではないレース 絹のように見えるポリエステルシルク 彼はうきうきした様子でわたしの腰の紐を解き 脱がせたペールブルーの下着に頬ずりしながら この布地が好きと言ったから今日はパンツの日 嘘だよ