1049

降りしきる雪があたりを白く埋め尽くし 屋根から落ちた雪で玄関がふさがった時 わたしたち兄妹は諦めることと 救いようのない絶望を思い知らされた なんという酷い年だったのだろう オイジェツが夏に出稼ぎへ行ってから戻らないまま冬が来て マトカは野良仕事で腰を痛めたバプチャを街の病院へ連れて行き 家には子供だけが残されていたのだ あのまま誰も助けに来てくれなかったらと思うとぞっとする 電話も電気も繋がっていたけれど それはもう恐ろしかったのだ

1048

ブラシが壊れたので新しいものを買った それにしてもブラシが壊れるなんてこと思いもよらなかったのだけど 実際に髪を整えていたら プラスチックか何かで出来たブラシ部分が土台から外れてしまって 以来まともに使えなくなってしまったのだ 新しいブラシは土台から櫛がついたスケルトンタイプにした むかしは本当に骸骨みたいな白いスケルトンブラシを持っていて とても重宝していたのだけど それは母親がどこかの温泉へ持って行ったときに忘れてきたのだった 新しいものは紫色をしている 特別に気に入ったのではないが値段や利便性を考慮するとこの色しかなかった 壊れずに使えたら充分ではある

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カナリアイエローの下着をオーダーしたのは シビルの水着がセパレートタイプのキイロであることを思い出したからだった マティーニをもう一杯飲みたい あの夜も あくる朝も 部屋にはそれぞれ違う男のひとがいて そのどちらとも寝なかった ある意味では彼らはとても紳士的だった

 

あの夜も あくる朝にも もう彼はこの世にいなかった オフホワイトのドレスがカーテンのように揺れても 特別に何処かへゆく理由もなかった 海の水がしおからいことをあのひとは知っていた 今ではもう どうでもいいことなのだけど

1046

数日前から向かいの家で飼われている犬を見かけないと思っていたら 郵便受けに年内で期限が終わるスーパーのクーポンと一緒に 今月半ばに死んだということを書いた手紙が入っていた 小さいけれど大人しくてあまり吠えない犬だった そのせいかあまり印象に残ってはいない 今年一番の冷え込みになった朝 おばさんと一緒に眠る布団のなかで冷たくなっていたというのだから 死に方としては悪くないどころか かなり良い方だと思う

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透き通ったガラスと銀で出来た首飾りをもらった わたしには銀色があまり似合わないと思うのだけど 紺色のケースのなかでそれは星屑のように煌めき とても素敵に見える むかしは指輪や耳飾りもよくつけたものだけど 最近はめっきり飾らなくなってしまった 貴石も半貴石も好きだし 珊瑚や骨も好きだけど なんとなくそうなってしまったのだ だから飾っておくのを眺めるのはとても良い

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街中を彩る何十万個もの電飾よりも 空へ手を出して伸ばすように枝がひろがったミツマタの木々は 落葉樹の森の中でも極めて美しかった 寂寥の季節 立ったまま眠るように伸びた木立 蔓だけが残った葛 夏には覆い茂る草木で隠れていた社 河の色は翡翠色に澄み渡り 轟々と流れてゆく

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椅子から下ろした足の踵が床につかない時から珈琲を飲むのが好きだ 砂糖を入れるなら飲んではいけないと言われたので 大人の真似をしてブラックにするか たっぷり牛乳を入れて飲んでいて今も変わらない 味について特にこだわりはないけれど 唯一好きで買う豆はインドネシアのトラジャ 珈琲なら何でも良いと思っていたのに これだけは初めて飲んだ時に名前を聞いて覚えることが出来た (やれば出来るものだ)  ブルー・マウンテンやハワイコナを飲んだときでも 大してわからなかったのにこれは特別だった 澄みきった珈琲そのものの味がするのだ 初めて飲んだのが何だったか知る由もないが トラジャそのものだったらいいと思う

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愛するひととどうしても結ばれないとしたならば

そのひとの幸せを願うより 他に為すことはありません

一緒に生きてゆかれなくとも

どうか さいわいであれと心をこめて

 

春には雲雀のうたごえに

夏には冷たいわきみずに

秋には木々のこもれびに

冬には煌めくほしぞらに

願います


それから自分自身も

幸せにならなければなりません

死が生の一部としてあるように

あのひとの幸せを願うことは

わたし自身のさいわいでもあるのです

 

1041

わたしはとても疲れている 神経は尖ったサボテンの棘のように細くて 折れやすく過敏になり 事あるごとに自分自身に突き刺さっている 思うようにならないのは仕方がない 打つ手を考えねばならないだろう 遅いとしても 試さないよりはマシだ

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レールを押さえるのに打ち込まれた犬釘はすっかり錆びて 枕木自体もかなり朽ちてていた 苔生した停車場は使われなくなって久しい

ふるさと という単語から連想するのは うさぎ追いしあの山であり 小鮒釣りしかの川であるのだけど そんなものはもう殆ど無くて そこから生まれ育つ子供も減ってゆくばかり ふるさとの容貌は変化してゆく

 

懐かしくないふるさとの景色は それでも美しい

 

 

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