1205

たとえば痩せたら 二重瞼になれば 鼻筋が通って顎も細くなったら 癖毛が絹糸のように美しい金髪になれば レースのワンピースから白い肌の長い手足で歩いたら 街ゆく人々がみな振り返ってその残り香にうっとりするような女であれば

あとどれくらい後悔すれば納得して 現実を見られるだろう わたしがわたし自身であることに満足し 正しく愛することを理解出来るだろう

1204

薄暗い建物から外へ出ると 太陽のまぶしさに目が眩んだ 川べりはもうすっかり夏になっていて 清流を何十匹もの小魚が泳いでいるのが見えた 時折鱗がきらきらとひかる 光と影の対比が強くなり 木々や草叢の葉は一枚一枚がその色を確かに主張し 砂利ですらからからと眩いばかりに散らばっている それは同じ景色であり 二度と戻らない日々であること

1203

白い丸襟のブラウスを買った 柔らかな生地が生クリームのようにとろりとしている それからチュールのアンダーウェア もうどうしようもなく可愛い しばしば下着姿で暮らせたらいいのにと思うくらい 世の中には素敵なランジェリーが溢れていて しかも長年着ているシャツより断然高価だという あまりにも美しい不条理

1202

あなたの声が聴きたい 囁くように話す言葉の一つひとつ 薄い花びらを重ねたちいさな花のように繊細で 風でゆらぐ水面を煌めく光のような あなたの声 シタールの音色 ヒマラヤスギの香り 伸びてくしゃくしゃの髪と骨ばった指 瞳の色は淡いブルーだった いいえ 灰色だったかも でもそんなのどうだっていい 愛なんてないのに 違う ぜんぶ愛してたんだ

1201

アゴムをいつの間にか失くしてしまった 大体わかっている 電車の中か駅で落としたのだ 見つかることはないだろう 普通の という表現は好ましくないけれど 普通の黒いつなぎ目がないヘアゴムだった

夏を過ごした男は仰向けになりわたしを腰の辺りで跨らせると その下から髪によく触れた 俯くと顔にかかるので纏めようとしたら ヘアゴムをとりあげ自分の手首につけて そのままにしてほしいと言ったのを今だに覚えている

1200

何年経っても着られるオーソドックスな服は無難であるがゆえに 余計に難しいというのはお洒落をするうえでは事実で 毛玉や穴も構わないなら 人の目を一切気にしないと言うならなんでもいい そうでなければなるべく上質なものを手に入れ きちんと手入れすること ある意味では流行の安い服を着ているより目立つから 

でもたまには自分にしか似合わない 着られない服を試すといい むしろ自分のためにつくられたと思うくらいの方がきっとすてき 着心地の良い サイズがあった肌に馴染む色の服を着ているときはそれだけで気分がよくなるから

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1199

茹で卵の殻を剥くとき左手を使うのは もしかすると左利きだったのかもしれない 食洗機に食器を入れにくいのは 多分流し台の右側に置いてあるからだ 握力のことはよくわからない 多分どちらも上手く流れていないから 正しい数値を出せていないと思う あまりにも弱すぎるのだ

 

ジム通いが好きな男がわたしの上腕二頭筋を掴み 左と右で筋肉のつきかたが全然違うけど どういう鍛えかたをしているのかと言った 何も続けた試しがないので何かの間違いだろう

1198

図書館へ行ったかえりに森へ鳥を見に行った 雛が孵ったのか もう成長したのか知らないけど かなり鳴き声が聞こえていて わくわくした ところで鳥の巣は背の高い樹の上のほうにつくられているので 下からは何も見えなかったし 鳥がどこにいるかもよくわからなかった 見渡す限りの新緑のなか 鳥の声だけが響き渡っていた

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授業のあとで食堂へ行った 学生のころは200円のうどんも高いと思って スーパーの特売で買う腹持ちの良い高カロリーな菓子パンばかり食べていたし そもそも授業をまともに受けてから食堂へ向かったのでは既に満席で座れなかったから たぶん物珍しさで行った一度きりしか行ったことがない うどんとパン どちらが腹持ちが良かったのだろう

10代の頃に経験しておくべきだった時間を取り戻すかのように楽しむことは 人生ゲームですっ飛ばしたマスの文字を読むことと似ていて でもそれよりも楽しい そしてわたしもまた彼らの日記の空白ページを埋めているのかもしれない それが素敵な1ページでありますように

 

1196

新しいリップスティックとファンデーションの取置きを頼んだ このところアイシャドウはかぶれてしまって何もつけていない 本音では口紅だけさすくらいで充分なのだけど この国で社会の歯車として動くにはなぜかファンデーションも必要で でもそれはスムースに回るための潤滑油のようなもの

 

髪を切る夢を見た 何かの暗示以前にずっと切ることを考えているからとしか思えない あと10センチで本当にお尻まで届くようになる