Wirklichkeit

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l'été dernier.あなたを愛することが出来てよかった10日間の恋はしあわせだった夜の高瀬川が街灯で煌めくのは あまりにも美しくて泣きたかった 叶わないことも 叶わなかったことも 本当は知っていて それはある意味では絶望だというのに とても愛しくて あな…

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透きとおったままで 深みまでゆけるから 何も恐れずに溺れることが出来る 明るさ ちいさな魚が足元を泳ぎ去る ほとんど奇跡みたいな島で かつて夏を共に過ごした恋人たちはみな泳ぎ方を知らなかった そもそも浴槽以外の水中に浸かったことすらないと言うので…

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不思議な鳥の声で目が覚めた 続いてエンマコオロギの鳴き声 新聞配達人が乗るバイクの音 油蟬 烏の声が羽音と共にだんだんと近づいて また遠ざかる カーテンを開けると 向かいにある教会の白壁が朝日で橙色になっていた顔を洗い 服を着替えて まだ涼しい村の…

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スケジュール帳を持たなくなったのは iPhoneがあるからではなく 記すことが無くなったからだった 今でも憶えていられること以上の予定は立てない 大体 間際に決めるから 特に必要がないのだ 夢にも思わなかったことが 次々と現実になり 不可能は可能になった…

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雨が降る すこしまえ 空気が湿り気を帯びた庭 蜘蛛の巣についた 水滴は 硝子玉の首飾りのようになり 風が吹くたび ゆらゆらときらめく 光もないのに ああ この蒼さ 陽はまだ沈まない 曇り空はちゃんと 灰色をしている けれども 時間のもんだいなのだ 家に帰…

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こどものころ 永遠のように感じていた時間は 歳を追うことに加速している 500日 約1年半弱 嘘ばかりでも日記を書き続けたということは初めてだったかもしれない 以前の日記帳は全て廃棄してしまったので 調べようがないのだった時が経つ速さに驚く一方で ま…

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後悔は先に立たぬが 思い立ったが吉日という むかしはよく 「先に考えてからやらなきゃ」と言われたが 今やるか 一生やらないか もう悩んでいる暇すら惜しい 隔てる距離を今すぐ 無いことに出来たらいいのに

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若き日の もっとも美しいとされる時期 それは夏だった 夜明け前の空を覆う 青いかがやきの連続 露に濡れた草むらのように きよらかで まだなにも知らなかった 彼女は 新しい母親から 新しい母の味を受け継ぐ いや本当の母のことは ほとんど憶えていないから …

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生花店の薔薇は 棘を抜かれて なす術もなく愛でられる 生まれながらにして 棘など無かったかのように 硝子瓶のなかで佇んでいるだけ南向きの部屋は明るく 大きな窓から見えるのは 旧い街並と その向こうに海 坂道を真っ直ぐ降れば夏がある 水兵の描かれた小…

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真夜中の貨物列車が 汽笛を鳴らしながら通り過ぎてゆく ヴォトカは透明な瓶から 流れてゆく かつて兄弟であった かもしれない まだ見ぬ国の誰か すれ違うのはいつも歩車分離信号のある交差点で 急ぎ足だから気付かない 針葉樹林の無い 穏やかな気候の街で 虎…

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祈りのうたが聴こえた 空のうえで 黒い煙を吐きながら飛ぶ戦闘機は いつの間にか 消えた 夢だったかもしれない 唇も 指先も 身体の奥に残された 痛みだけが 確かだなんて

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革命を諦めた子供たち 徒労に終わったわけではなかったのだが 変化はもたらされず いまや状況は悪化する一方となった街角では街宣車が走り 一例に並んだ信心深い女たちは終末を嘆いている 夜 ふたたび冷えこんだ身体を 火酒と知らない男の手を借りて温める …

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きみの唇は比喩ではなく 事実甘くて それは 口付ける直前に飲んだ 甘い水のせいだったファースト・キスに憧れていた まだ幼かった頃 それが檸檬の味だなんて 誰が言ったのだろう 唾液は舌の上をどこまでも生温く滑り 大抵はアルコールの味がしたことは 悲し…

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きみの存在 もうとうに実在していない きみの生きていた証 遺灰ですら 風に吹かれてしまった きみの せめて感覚だけは ずっと覚えていられるはずだったのに 今ではほとんど 感じられなくなってしまった 春の湿り気を帯びた午後に わたしは記憶を失ってゆく …

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流れていったはずの音楽の渦に飲まれたまま三月は去る 眼を閉じれば広がるのは 海ではなく森だった 樹々の間を揺れる木漏れ日と 舞台の照明は 時々似ているので いつだったか 鹿毛の馬に乗り 駈歩で森を走った夏のことを思い出した他者としか得られない快楽…

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春の午後に布団から抜け出せないわたしは いつだったか ちいさな死に浸っていたときに あなたがかけてくれた毛布の柔らかさを思い出し すこしだけ穏やかな気持ちになる あなたはやさしいから ほんとうにわたしが死んでしまっても きっと屍の肌を隠してから去…

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透明な器に花を飾る 果物を盛る 乳を注ぐ 水滴が落ちる 気化熱なのか それは 蒸発した人間から発生した雲は 千島列島を漂い やがて 涙のようにからい雨を降らせる 橋の上に撒かれた凍結防止剤を 踏みながら歩く 雪はもう 降らない この暖かさならば 硝子瓶の…

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あなたがたの未来にひかりと 幸いあれ

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池のほとり わたしは厚底靴でふらふらと回って遊ぶ 木の枝に引っかかった綿毛は 鳩でも 天使でもなくて きっとインディアンの羽根飾りだった この街はとても温暖な気候に恵まれているので こどもたちは 緑の芝生のうえを 跳んだり 跳ねたり 転がって遊べる …

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通り過ぎてゆく誰かの日々に 少しだけ 触れてゆく それは柔らかくて 冷たくもないけど 暖かくもない 肉体はない 魂でもない あなたのかたちは 曲線で構成されているのだろうか それとも平面的なのか 光を屈折するだろうか 音を響かせるのだろうか わたしには…

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生まれてから今まで 一体何足の靴を買い どれだけの距離を歩いたのだろう ビニル製のガラスの靴 厚底のスニーカー 赤いつま先のバレエシューズ 白い指定運動靴 編上げの素敵なブーツ ハルタのローファー 桃色のデッキシューズ よく蹴つまずいたメリージェー…

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山奥の道をゆきながら 車輪の下の少年ハンスを思い出す ここらには首をくくるのに適した樹々が沢山あり せせらぎだって聴こえる ヴォトカを飲みながら眠れば 寒さでどうにでもなるだろう 同時に 自死遺族になる家族のことを想う 腐乱した 或いは獣に喰われた…

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空白を埋めるように 息継ぎ 手帳は新しいままで 古くなり 古紙回収の屑篭へ捨てた 日にちを把握するためだけのカレンダーは 予定も誕生日も書き込めないけれど それで充分なのだ 訪れる日々に祈り 過ぎてゆく日々を弔うだけ

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泳げない君が口から泡を出しながら 手足を無茶苦茶に動かして もがいているのを わたしは川の底から眺める 太陽の光が さざ波でちりちりと流れ まるで黄金色の魚の群れのように見えるのに 気付いただろうか 穏やかな流れほど 深い 河の水は 冷たく 君の体温…

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夏 あるいは南のほう 暑い国にいる夢を見た 校舎のような鉄筋の建物は 窓から緑が溢れ出し 果たしてそこは 外なのか 内なのか わたしは友人を追いかけているが 階段を降りてきた葬列と遭遇してしまい 彼がその中の香炉かなにかを運ぶ女とぶつかり 白っぽい土…

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わたしの胸の星は ベツレヘムへ流れてゆきましたので また元の永久凍土

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星が見えないなら あかりを灯せば良いじゃない

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清き流れは海へ注ぐ その出ずるところや何処 碧い眼の船乗りは 港の無い街で 朝陽のような酒ばかり飲んでいた 浴びるように 鮮やかに

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もっと もっと深いところまで 埋められたら良いのに 痛みもないから わたしは泣く機会も無い

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あなたと過ごした夏は 島で一番見晴らしの佳い高台へ 置いてきましたから どうか忘れないでまたいつか