1970

疲れて這々の体でカウンタに座りご飯を食べていたら、隣にいた男が話しかけてきたので、適当に相槌を打っていた。女主人は豊満な身体つきで、麦酒を飲みながら鉄板に立ち向かう。焼けた大きなローストビーフの端っこをつまみ食いしながら手際よくサーブしているのは、なぜかあまり嫌な気がしなかった。たくましい女の姿は清々しいからか。

やがて運ばれてきた料理に、なぜか2枚の取り皿。隣に座っていた見ず知らずの若い男が頼んだものだが、勝手に取り分けて与えてくれたのでペンネを有難く頂戴した。男は滔々と近くの飲み屋について紹介してくれる。どこも女主の店ばかりだ。独りで行きやすいからと、ただのお節介ではある。女の手は温かいから、板前には向かないと思っていたが、繁盛していることを聞くとそうでもないのだろうか。

静かに食べたかったのだけど、結局賑やかになってしまった。知らない男は、妻と幼い子を家に置いて飲みにきたと話す。こういう嫌な男が大好きだ。はなから隠し事をせずに、口説くこともなく、適度な距離を保ちながら詰めてくるのを交わすのが楽しい。或いは本当に、痩せっぽちの女が独りでワインを飲んでいたのが気の毒にみえたのかもしれないし、寂しそうだからとつけこむ隙があったのかもしれない。一緒に会計を済ませて、先に店を出たら、先程の女主人が入口に盾のように立ち、ありがとね!と言ったので、男が2軒目を提案する暇を与えなかった。わたしはおじぎをしてそのまま店を出て、すぐに脇道へ入った。

とびきりハンサムで若い、左手薬指に指輪をした背の高い男だったが、火遊びはしたくない。自らをジョーカーみたいだろと言っていたが、本当にババだった。