1097

なんとなく そういう気分になったので首から下の毛を全部剃った 腕も脚もアソコもつるつる 腋の下は永久脱毛済みだからそのままでいい 茂みを失った丘のむこうにはアンズタケが潜んでいるけれど対して興味もない 浴室で適当に済ませたのできっと除草は完璧ではないことをわかっていたし 確認したくもなかった いつかもらった試供品のアルミパウチを破り 乳液を掌にあけて 剃刀が滑ったあとの肌に塗りこむと なにか知らないけれどとても良い香りがしたので 捨てたパッケージをもう一度拾って見たけれど 上手い具合に破れてしまっていて 結局なにか判らなかった

全身に塗り終えたあと ほとんどなんの役にも立たない白いレースの下着をつけた これは毛が透けているとぜんぜん素敵じゃない 淡い色のレースに透けて見えるのは肌色がいい 日に焼けた褐色でも 青白い血管が浮く白色 どちらでもいいけれど 絶対に肉を包む皮膚の色が相応しいと思う

1096

あの日からもう2年の月日が流れて わたしはあの人が何処か遠くの街で生きていることしか知らない 健やかに暮らしを営んでいたら佳いと思う

 

いつかの誕生日 お祝いには何が欲しいかと聞かれたのに 答えられず戸惑っていたら ー本当は指輪がほしかったけれど 彼はまるで素寒貧だったー 僕の骨が欲しいかと言われたので わたしより永く生きてほしいと頼んだ 彼がきちんと約束を守ってくれますように

1094

小包がふたつ届いた ひとつは通販 もうひとつは友人からだった もう半月くらい会っていないけど もっと それ以上長く会っていない気がする 不思議なもので会うとそんな気はしない

1093

雪のなかニルゲンドヴォの奥地へゆく バプチャは「眼が悪くなったから」と言ってもう編み物をやめてしまっていた

墓地は雪が積もったまま何日も溶けず またそこへ雪が降るので 石碑も花も供物もなにもかもが埋まっている 当分そのままだろう なにせ家のまえの道だけでも退けるのに骨が折れるのだ こういうときこそスキーや橇が役に立つのだろうけど 出来れば家から出ないのが一番である

1092

もう何着目かわからない黒いワンピースを買った 最初に買ったのはジャージーで出来ていてとても着心地が良かったのを覚えている

 

昼ごはんに誘ってもらったけれど 既に予定があったので断らなければならず残念だった 約束なんてしないで その場の流れや気分で決めるというのが好きなのだけど 相手がいるとなかなか難しいことだ そういうわけで一人でバスに乗り T百貨店で両親と待ち合わせて台灣料理を食べた デザートの愛玉子はとても美味しくて 幾らでも食べたかった

 

夕方 土砂降りのなか ずぶ濡れで帰宅 傘を持ち歩かないので降られるといつも濡れてしまう 玄関の棚のなかに折りたたみ傘があるはずなので使えば良いのに どうも傘をさすのは好きじゃない どうして降水確率は100%と予報されていたのに傘を持って来なかったのかと呆れられても 信じなかったからではなく 家を出るときには降っていなかったからというだけのことなのだ

1091

電車を乗り継ぎ2時間かけて出かけたら ひどく疲れてしまった 恐らくもう二度とあの駅を降りることはない 特に何もない街だった わたしの暮らす街と同じように またはクラスであまり仲が良くない友達に数合わせで呼ばれた誕生日会のように居心地が悪いところだった 拒まれることも歓迎されることもない曖昧な雰囲気 女はぺちゃくちゃ喋り 男の靴は底が剥がれて歩くたびにずるりずるりと音を立て 首輪をした犬だけが静かにしていた

 

1090

石と蘭 ガラス製のみずうみ を 泳ぐ あたしの部屋な寒すぎて枯れてもーてん 窓側に飾ってたんやけどなぁ うち蘭の花ようけあったのに花が咲いてたの全然知らんわ そらそやろ咲かへんかったでや この石まえに何処やらで買うたんやけど どこやったかな なんや外国のどっかの山で採れた何とかいう石やねん 何ゆうてるかわからんけど水晶やろ ああそれそれ ほんでこのネックレスはなおかんの抽斗にあったやつ あんたか勝手に持ってったのは 花瓶はほれ 引越しの手伝いに行った時嫁がいらんゆうてもろてきたやつや こっちのみずうみはちゃうで 福袋で買った あんたこんなもん買うたんか 口紅はもろたんやで ほらあの背ぇの高い 背ぇの高い誰やったかな もうええ 背ぇが高い誰かしらんにもろたんやな せや背ぇは高かったわ 顔は忘れた 名前も忘れとるやないか まぁせやけどこのユーカリな綺麗やろう もうじき2ヶ月やで ああうれしい!

 

f:id:mrcr:20180208185559j:image

1089

部屋のなかに沈んだ空気とひかりで あの人の面影を明確に思い出すことが出来る ヨカナーン もう長い髪を切り 独りで旅に出ると決めていた大人の男だった 夜明けから日没まで働き 税金だって納めていたし 彼の生き方は寄り道ではなく すべてが神話へとつながる人生そのものだと確信していた ヨカナーン わたしは彼のブラウスのボタンを上から一段ずつ外し 女性誌で覚えたやり方で彼自身を愛撫した 吐く息が白く混じり合う冬の午後 あの人はわたしの眼を見つめ正しい撥音で愛の言葉を囁いた ヨカナーン 運命のこども 選び抜かれた聡明で美しい若者 やがて世界中で名の知れた賢者になるだろう 大勢の報道陣に囲まれて 焚かれたフラッシュが彼の眼を瞬かせるとき わたしはあなたの薄い唇を思い出す きっと

悲しくて泣かなかった あの日も 今日も

1088

何も書かないでいても正気を保てるようになれば 呪いが解けたということだと思う? わたしはまだ何も知らないのに 死んだひとは饒舌だったかしら 焼きたてのマドレーヌが食べたい ちゃんと正しいやりかたで 魔法をかけた甘いマドレーヌを食べたい