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知らない間に映画館が消えていた。最後に行ったのはもう何年も前のことで、フランスのホラー映画を観たと思う。鑑賞後、恐怖と眩暈から動揺したわたしは、ドリンクホルダーに自分のタンブラーを忘れてきてしまい、駅の改札を通った瞬間に思い出してあっと叫び、駅係員に説明して出してもらって、取りに戻ったのだった(まだ改札に駅係員が数人いた時代の話なのだ)。もう夜も遅かったけれど、次の映画が始まっていたから、細くて背の高い若い男の従業員がそっと中へ探しに行き、まもなく戻ってくると両手を添えて渡してくれた。そのタンブラーももう水が漏れて、保温が効かなくなってしまったので使ってはいない。数年前、はすかいのあたりに移転してリニューアルオープンをしたはずなのだけど、そこへは結局行かず仕舞いだった。初めて詩人の男と行った時以外、誰かと一緒に行ったことがないその映画館は、いまや永遠にわたしの青春の思い出になってしまった。