1990

ベルリンの壁が崩壊したときの記憶はない。湾岸戦争のことは、うっすら憶えているけど、どういう事情でそうなったのかまでは知らない。子供の時はしょっちゅう戦争の夢を見た。焼け野原にいるのだ。怖いとか、悲しいとかいう気持ちではなく、ただ不安だった。まだ火が燻る街はもうほとんど瓦礫で、わたしは元の姿が思い出せないのだった。

21世紀になって、まだ車は空を飛んでいないし、旧型の戦車が砲撃を繰り返しながら、どんどん人を殺していく。訪れたことのない街が、どんどん様相を変えてゆく。会うはずだった人たちが、次々に燃えてゆく。悲しみは知る必要のなかった憎しみへと変わってゆくのだ。祈りなどなんの役にも立たない。ただ、祈ることしか出来ない。誰かの正義が、誰かの悪である限り、せんのないことだとしても。