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一番信じたいもの 一番諦められないものを考えるより先に 信じるものを失って 諦める方法ばかり思案するようになった 若くて綺麗で健康なのに何を思い悩むのかと慰められたとき そのような刹那的で不確かなものしかわたしにはないことに絶望しているとは言えなかった 彼は18歳の女の子だったときなど一度もないのだから わたしには何もない 空っぽのアタマと血が流れる肉体だけしかない

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コートのポケットからリップクリームを取り出し 唇に塗ろうとしたら 知らない女の香りがしたので もう一度ポケットに手を入れて差し込むと 小人のマダムが飛び出す代わりに 昨日 香水店でもらったムエットが出てきた 知らない女はなりたい女であるのかどうか よく考える必要がある

ガブリエルの本は途中で嫌になって読むのを辞めてしまったけれど 表紙が格好いいから本棚に飾っている だいぶ長いこと仕舞われていたのを譲ってもらったので 少しかび臭い 今ではだいぶましになった ガブリエルが知ったら怒って捨ててしまうだろうな

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滑らかな曲線を描いた食器が好き 金属も陶器も樹脂も木材も 唇にふれたとき すっと馴染むのがいい 湯呑みなら尚更のこと 見た目にも美しくて実用的というのは大切なことだ

誰もいないインテリアショールームを彼女とふたりで歩く ふかふかの絨毯と悪趣味な置物 幾らお金があっても買おうと思わないだろうけれど もしばら撒くほどのお金があれば買いたくなるものなのか ペントハウスのリビングに置かれた白い革張りのソファのことを想像してみる 落ち着かない甘ったるい香りがして 夜になれば間接照明が朧げに家主の横顔を照らし出し よくわからないパーティが始まる
どうしてそんな風に思ったんだろう?

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白い月 少しずつ大きくなる 薄ピンクをのせて色づいて はやく満ちれば良いのにね すっかり悪くなった眼を細めると いまでもちゃんと月のクレーターが見える むかし ともだちのうちから 村の中を歩いて帰っていたときふたつ見えたことがあって 途中すれ違った知らないおばさんに確認したかったけど 怖くて出来なかった 月から来たひとかもしれないと思ったからだ あの日 月はふたつ見えたのかどうか

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新鮮でみずみずしいものも 時を経て熟成したものも どちらにも魅力があって ただ青くて固いだけの蕾で枯れたくはないし 薹が立ってどうにもならないということも避けたい 甘い匂いを発しながら発酵していくのもいいかも ブルーチーズのことも好きだけど

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すべてが懐かしいという大雑把なくくり方はしたくないものの 壁の色も お皿の模様も 林檎がぼろぼろとなる大きな木も 手漕ぎの舟も 夏の日差しも 日焼けした水着のあとも 懐かしかった 朝露で濡れた芝生のうえを裸足で歩くと 草の温度を足の裏に感じた そのことをずっと忘れないでいたい

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まだ田畑に雪が残っている時期のよく晴れた日 ニルゲンドヴォで子供が産まれた 男と女の双子で 女の子は鳶色の瞳に茶色い巻き毛 男の子は濃い緑の瞳に紅い巻き毛で どちらもまるまるとした身体つき 腰が曲がった産婆は皺だらけの手で 真っ赤な顔になり泣きわめく二人を産湯に使わせた 母親はかなり出血がひどく 言葉どおり死にかけたがなんとか持ちこたえた 父親はいなかった 彼女の戸籍上の夫 濃い緑の瞳と赤毛の大柄な男は 数日前に乗っていた船が難破して 恐らく乗組員は全員生存が期待出来ないと言われていたのだが  妊婦を気遣い報されていなかったのだ -彼はそれから流れ着いた何処かの国で傭兵になり 新たな妻まで娶って数年後に帰ってきたのだが それはまた別の話- 晴れた日に産まれた子供は青空から愛されるので 雨に濡れることなく育つ ここらでは昔からそう言われてきた そして ふたりもそのように育った これが昨夜 祖母が話してくれた話 赤毛の叔父は船乗りと水兵には絶対なるなと言われてきたのに 海洋調査船で海へ出て年に数日も戻らない 今度戻るときは 北極の氷を持ってくると約束してくれているので 早く会えたらいいと思う

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10年前にたった一晩 愛した男を忘れるのに5年かかった あんなに好きだったのに どうしてどうでも良くなるんだろう 『沈黙』で 最期までこっそり十字架を持っていた男の名を思い出せない 何度も 何度も転んでも 裏切っても さいごの最期に殉死したあの男のことだ 今の時代ならそれほど悩むこともなかっただろうと思ってから やっぱり 別のことで苦しんだだろうなと考え直した 彼も似たようなものだろう それが幸か不幸かは誰に決められたことでもない


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わたしにとってイケてる音楽を聴くことは 気持ちよくなりたいからで 特定のひとを対象にしてはいないけれど ライブに行くのはその感覚をよりリアルに感じたいからで OAからMCも含めて当然全てがライブだと思ってる この日記は嘘ばかりだから改めて書く必要もないけれど 特定のひとのことではないと念のため記しておく
音楽と政治は密接な関係がある もちろん宗教とも切り離せない そして わたしはミュージシャンがそれぞれ色んな主義思想を持つことを否定しないし(そんなことは個人の自由であり当たり前だ) 相反する立場であることを理由にイケてる音楽を聴きのがしたくはない (向こうから聴くなとでも言われない限りは)
あらぬ誤解を生まぬよう再度書くが これは 特定のひとや団体を対象に書く文章ではない 
わたしにとってイケてる音楽を聴くのはセックスのようなものだ 何をしていてもそれなりに気持ちいい瞬間というのはあるけれど ライブハウスで爆音に揺れながらどっぷり浸かることの快感は喩えようがない しかも快楽目的にヤリまくるより健全だ スピーカーの近くで頭を振りすぎて突発性難聴を起こしたことはあるけれど性病のリスクと比べたら大したことではない 要はイケてる音楽はサイコーであり ライブ中に政治の話をされるとちょっと萎えるってこと ピロートークで革命の話をされるのとは別だと思うし ねぇ

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正解がわからなくて たぶんみんな正しいし 全部が間違いでもある 妥協だけはしたくない それを判断できるのは自分自身だけだから

かつては 彼だけが正しいと信じているひとがいたけれど そんなことは無かった 手に触れている幸せに気づくなことなく 遥か遠く山の向こうのそのまた向こうにあると言われている幸せだけを信じていたひとのこと ある意味では最も幸福ではある