914

同窓会に誘われないので たぶんもう死んだことになっている それがいいと思う 夏の休暇を無為に過ごしてしまったことを悔いることも出来ないほど 身体が重たいのは眠気のせい

泳げば疲れて楽にもなるだろうか あなたの退屈を少しはしのげていただろうか

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913

眠っても眠っても足りない まとわりつく湿気のなかでわたしはとても疲れている

昼 黙祷をした iPhoneの時計よりサイレンは30秒遅れて鳴った 今までで一番涼しい日だった

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912

日が暮れるまえから風は涼しく 村の隅にある墓地には人々が集まり始めた 遠くに山がそびえ立つ 河の流れは激しい

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911

階段を降りて玄関に出ると 扉が開いていたのでそのまま家を出た 蟋蟀の鳴声にひかれるまま 裸足で芝生を歩き そのまま中庭を通り抜けて通りへ出る まだ月が白く光っているのは夜が明けていないからだ                                             新聞配達人が運転するバイクの音が遠くへ去ってゆく つまり誰も歩いてはいないということ 坂道を少しくだって海のほうへゆく 朝陽を見ようと思ったから 白色の薄い寝間着のままで なにも履かずに 玄関の扉だって開けたままで出てきてしまったので 家人に少しだけ申し訳なく思いながら 足早に歩くと 海は静寂のうちに霞がかかり 朝陽は空を焼くように橙色に雲を染めているのが見えた 家へは同じ道を通らずに戻った まだ誰も起きてはいなかった

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910

8月は命日が多すぎる 風のない午後 アスファルトの道路に蜃気楼 喜ぶとか悲しむとか 愛するとか憎むとか 言葉で説明できない感情を持て余して蔑ろにするのか あの子がいなくなってから何度目の夏なんだろう 揺らぐこともない樹々が空に向かって立ち尽くす ほかに為すすべもない

 

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909

酷い眩暈を感じて舞台のある講堂を抜け出し 外へ向かった 近道をしようと礼拝堂を通ろうとすると 神父さまたちが会話をしていたので諦めて長い廊下を歩き ようやく広場へ出ると雨が降っている 吐き気と悪寒 上演時間が迫っているというのに 逃げ出しても仕方ないのにどうすればいいのか 視界はしろっぽく霞む

栗色の巻き毛の女が傘をさしかけてくれた 丈夫そうな金属製のフレームのメガネをかけているが神経質という雰囲気ではない 彼女は明瞭なドイツ語で安否を気遣ってくれるので 貴方が誰であるのかと尋ねると わたしの恋人だと答えた わたしに同性の恋人がいた覚えはないのだが もしかするとそうなのかもしれない 彼女はわたしを連れてアパルトマンへ行った 5~6階くらいだろうか 丘のうえにあるため景色がとても良い 雨に濡れたオレンジ屋根と石畳の灰色が湖のほうまで広がっている 彼女はわたしの濡れた服を脱がせ ふたりで浴室に入った 熱いシャワーはとても気持ちが良い 彼女はわたしの身体を洗い わたしは彼女の身体を洗った 櫛切りにした檸檬で白い背中を擦ってから 半分に切った白桃でやさしく撫でると しなやかな身体は震え わたしは確かにここで彼女と暮らしていたのだということを思い出し始めた

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908

嵐の尻尾から雨が降り続いている 橋が流れてしまったので 人々は渡し守に頼まねばならないのだが その舟も出すことが出来ない 泥水は水車小屋を押し流し 材木屋の木々を筏なしで下流の港町へとやり それでもまだ止まることを知らなかった 子供も大人も 誰も流されなかったことだけが唯一の救いだった

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907

壊れた靴を履いて気取って歩く なんてことはない 壊れていることを忘れてしまえば いつもと同じように歩ける たぶん

 

新しいハイヒールが必要 もう別にレッドソールでなくて構わないし 品の良い黒い革製の 足に合うものが良い 何処までも歩いていけるような 壊れたって そんな気にさせないハイヒール


どうして壊れてしまったの

 

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906

逢引をした夜に神さまはメールをくださるので わたしは決心が揺らいでしまう それでも 躊躇うことなく傷ついた身体を差し出すのだろうか

 

酷いやつらをまとめて縛って 今度こそ物置の奥へしまってやろうと思うのに なぜかしら とてもきれいで壊すことが出来ないの

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905

嵐が来る夜 ニルゲンドヴォには池が現れる それは暗闇のなかで静かに広がってゆく

失くしたはずのボタンが あぶくのように浮き上がってくる それは雪の日に母が着せてくれたウールのコートについた黒い木のボタン 公園で友達と掴み合いの喧嘩をしたとき 引きちぎれて飛んでいったクマのかたちの飾りボタン 夏の上衣についていた兄が飲み込んでしまった空豆のような緑のボタン 父が慣れない手つきで直してくれたけれど 結局取れてしまった白いブラウスのカゼインボタン 憧れの先輩がくれた制服の第二ボタン 祖母から譲り受けたシルクのワンピースについた真珠のボタン 懐かしさからそれらを拾いに行ってはいけない 暗闇のなかで池は澱む あらゆる感情が渦まく水のなかで 怪物があぶくを吐き出しながら人々が水面に手を触れるのを待っているのだから

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