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骨なんかいらないからわたしより長く生きて 5分でも いいえ 1秒でもいいから そしてわたしのことを忘れないで 愛してくれなくてもいいの かつてあなたを殺したいほど愛した女がいたことを その存在を忘れないで 最後に この世にいる間はずっと友だちでいてほしい もう一生会えなくたって構わないから わたしの3つのお願い 聞いてくれる? どうせ忘れちゃうなら 今くらい抱きしめて 息も出来ないくらい強く

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あの人の香りは頭が痛くなる たぶん香水をつけすぎなのだ 朝のうちなんて目を閉じていても彼の気配がわかるし 残り香だって

高校受験のまえ 通っていた塾に来ていた男の子たちの多くと仲が悪かった というのも わたしを嫌いな女の子と彼らがつるんでいたからなのだけど その内のひとり 短いブロンドヘアを逆立てて 耳には尖ったピアス 左腕には大きな傷痕がある 少し背の低い男の子だけは 普通に接してくれて でも彼はとても香水をつけすぎていた 今でも思い出せるほどに

夕方 ほとんど薄れた彼の匂いはちょうどいい室温に似た心地よさ どこのブランドの使っているか訊きたかったけれど なんとなく機会を逃してしまってわからずじまいだった 明日から北の果てへ働きにいくらしい わたしはあの人の香りを恋しく思うだろうか たぶん思わない でも嗅いだら思い出すんだろう

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毛糸を買いに行ったのに 店が床屋に変わっていた もう随分前から移転していたらしい 別の店へ行くと今度は改装中の貼紙 そういえばかつてここらには輸入煙草を扱う店があって 路地で一服することもしばしば 今では路上喫煙禁止条例のもと 二人組の監視員がお喋りをしながら歩いている 映画館は古着屋になったけど 古着物屋は何になったっけな あの頃 夢みたいな世界のひとたちがいて 彼らはこの世界で夢に生きていた わたしはなんとなく そうはなれないだろうなと思って やっぱりなれなかったわけだけど
帰宅して納屋を片付けていたら 昔に買った毛糸が出て来た 今はもうない店の閉店セールで買った毛糸だ あそこにいたよく似た顔つきの三人の女たちはどこへ行ったんだろう 

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オイジェツが掘り起こしてきた牛蒡はまるでオテサーネクそのものだったので マトカにその話をしたら 知っている気がすると話し出したけれど 多分彼女は観たことないと思う オイジェツは流しのところでかなり苦労しながらオテサーネクをばらばらに切り刻んで きんぴらにするにはどうするのかと言った 話を聞き終えたマトカはうんざりした顔で わたしそれ食べたくないわと言って立ち去ってしまった

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休日が退屈なら 週末が不要なら 勝手にしやがれ(わたしはひとりでドライブに行きます)

想像できないことを書けないなら なんでも試さなければ話せないなら 詩人にはなれないな 経験した物事について 言葉をうまく選んで伝えられるのは素晴らしいことだけど それとも 詩人になんてならなくたっていいのかもしれない たぶん 的確に物事を伝える技術に長けているほうが便利

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眼があってしばらく呆然としたことに理由などないから その顔に見覚えがあったわけでも 見惚れていたわけでもない もしふたりが愛しあう未来があるとしたなら その瞬間 恋に落ちたのですとキャプションをつけることで 人生がほんの少しだけ明るく色めくだろう 

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学食へ行くとボルシチが216円だったので あまり期待はせずに-大抵の場合 日本で食べるボルシチにはビーツが入っていない-注文すると 案の定 борщбの字も入っていないような たっぷり豆が入ったミネストローネが出てきたので 家に帰ってレシートを整理するまで 昼ごはんはミネストローネを食べたとさえ思い込んでいた トマトケチャップの味がしていたからだ

それでまだボルシチが食べたくて 今度は作ろうとしたのに 買い置きの缶詰が見当たらず 酢漬けしかなかったので やっぱりボルシチではなかったのだけど

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この河は途絶えない どんなに晴れの日が続いて村が干上がっても 湧き上がるのだ 深い泉の底から 絶え間なく聴こえる風の歌のように かつてわたしとおまえは同じ泉の水を飲んで育った ずっと 生まれる前からそうしてきたように 冷たい流れを全身で感じながら そのように生きてきた 誰に教えられたわけでもなく わたしとおまえはいつしか河の先を目指すことを考えて はじめにおまえが何処からか伐り倒してきた しなやかな木でで筏を作り わたしは棕櫚の樹皮で縄を編んだ それから旅に出るはずだったのに
この河は途絶えていた どこまでも続くはずだった激しい流れが 今はもう何処にもない 筏のうえでおまえは茫然と立ち尽くし わたしは その姿が朧げになってゆくのを見た

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久しぶりに通った街の 建物や道路 街路樹なんかは変わらないのに 街の名前が変わって なんだか知らないところみたいだった 特に愛着もないけれど 僕が知る街ではなかった

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不在ということ. わたしが求めるものは手に入れることが出来ない. 注がれるものもまたかたちがないのであるけれど. そこにいないひとを愛し, 求めてはいけない愛を要求する. 転じて それは神への純然たる信仰そのものとなる. 姿かたちのない概念, 畏れるべき存在を愛するということ. ひたすらに. (年不明, 8月13日 原文ママ