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遠くにある民家の二階の窓が真っ赤に見えたので 燃えているのかと思ったら 夕陽の照り返しだった もちろん煙も立ってはいなかった
いくつかのクラシック名盤と呼ばれる曲が収録されたCDを借りた ルービンシュタインが演奏するショパンポロネーズは誰か別の人に貸出中で置いてなかったので 代わりにカーペンターズを借りた 代わりなんてものではないのだけど

開けずに取っておいたチョコレートの封を切ってしまった 美味しいのは間違いないのだから いつ開けたってよかったものの 問題は食べ過ぎてしまうところにある 200gの板チョコですら平らげてしまうのだから 絶対に身体にも肌にも良くない 煙草を辞めても体重は増えなかったし減りもしなかった それでも食事がチョコレートだけというのはいけない どれだけ美味しくても

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繁華街へ出ると 街中すっかりクリスマスの飾りで賑わっていた この国で初めてクリスマス商戦を手がけたのは何処の店だったか知らないけれど 本来の意味を失い ただ売上を伸ばすという純然たる意志のもとに イルミネーションを点灯させたり 大きなクリスマスツリーを飾ったりしている もちろん中には信心深いひとたちもいるのだろうけれど 大半のキリストの誕生を祝うことのない異教徒たちが忙しげにクリスマス・プレゼントを求めて街を彷徨い歩き 大きな紙袋を下げ こどもたちはサンタクロースの存在を信じていようがいまいと 欲しいものを手紙に書いて わくわくしながらその日が来るのを待っている そのことをとても好ましく思う すべてのこどもたちが ケーキとプレゼントで笑顔になれる日であってほしい

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白い傘をさして歩く男の人たちの列を追い越して みぞれ混じりの雨が降る大通りを早足で歩いて駅舎のなかへ入ると 暖房はついていなかったけれど 屋根があるだけで暖かく感じられた 濡れた髪とコートをハンカチで拭い 手鏡で顔を見ると 鼻先と頬がやけに赤くなっていて なんとなくもう冬の顔つきをしているなと思った 自転車で30分かけてハイスクールへ通っていたときからそうだった 冷たい風が吹く街で 朝 校門へたどり着く頃には大体みんな鼻先と頬が赤くなっていた ベンチに腰掛けて鞄から水筒を取り出し まだ少し温かいお茶を飲むと 無いはずのガスストーブの匂いを思い出した

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昼過ぎ 窓の外をふと見たら 銀杏並木が陽射しできらめいていた 三階の部屋からは背が高い樹の上のほうだけが見える 風が吹くたびに 激しく揺らいで 舞い上がる葉は黄金の風になる
来客を見送るため 階段を降りて玄関へ行ったついでに 裏口にある駐輪場のほうへ回ってみると 予想通り落ち葉が吹き寄せられていた 集めたって何にも出来ないけれど 摺り足で蹴散らしながら歩くと通り過ぎてゆく季節のにおいがした

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写真の現像が仕上がっているけれど まだ取りに行けていない 撮るときはわくわくして現像に出す日が待ち遠しいのに 出してしまえばもうどうでも良くなってしまう とはいえ責任をもって引取りには行く
しかし本当にろくな写真が撮れていないのだ いつもそう ぼやけたり ぶれたり 暗すぎたりして 引取りに行ってはがっかりしてしまう 大体はじめからわかっているのにどうしてまた繰り返すんだろう 次こそもっとマシな写真が残っていますように

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ストロベリーでも ヴァニラでもない 甘い香り わたしはこの香りを知っている 有名なブランドのパルファンや 最初は珍しかった 近頃流行りのフィグやポメグラネートのフレグランスでもない もっと身近で懐かしい そしていかにも合成されたという安っぽい香り わたしはこの香りが嫌いではなかったけれど 好きになることもなかった
Kくんがくれた子供用のリップスティックは わたしがそれほど好きではなかったウサギのキャラクターが描かれていて 透明のキャップを外してケースを開けると 銀色のラメがぎっしり練り込まれたフューシャピンクのリップが繰り出されてきた かさついた唇にのせると ラメはぎらぎら光り 申し訳程度に薄いピンクがついたので 学校へはつけて行けないわね と母は言い わたしは制服のポケットの中に入れて持ち歩き 下校して帰り道 誰もいない田圃道のなかでこっそりと塗った そう あのときの乾いた冬の匂いと風の音が聞こえるような気がする あのリップスティック まるで気に入らなかったけれど 大好きだったKくんがくれた初めてのプレゼント その香りだった

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ピアスのひとつでも開けようかと思い色々調べてみたけれど 針を刺す痛みよりなにより 引っ掛けて千切れそうなのが目に見えて それが嫌だ 痛いことより失えたり 戻らなくなったりすることが悲しい

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また外へ出ないうちに一日が終わった 変に暖かい日が続くので季節というのもあまり感じられない こんな穏やかな日は コーヒーの入った水筒 シナモンロールと林檎を入れた籠を持って川べりへ日光浴へ行くのにうってつけなのだけど 気づけば日が沈んでしまった 太陽が見えている時間が短すぎるのだ

この間に為すべきことを為さねばならない

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束の間の寂しさを節度ある友愛で埋める わたしたちは友達なので
性愛抜きの接吻を躊躇うことはない ただ去り際に行うなにかを確認した印のようなもので 乾いた唇を重ねようと何も生まれない
窓の外で強い風が吹く音 そして銀杏の樹がざわめき 葉が幾十枚 幾百枚と雨のように吹き散らされる 黄色のも また少し青さが残るのも 一斉に揺れては吹き散らされる あなたと別れたあと 落ち葉のうえを歩いて帰った

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歩くたび枯葉がかさかさと音を立てている公園の小道を 朝のひかりが穏やかに照らしだすと 梅雨で濡れた落ち葉が金色に輝いて見えた ほとんど風は吹いていない 見上げれば白む空 黎明の青になるまえの 昨日を飲み込んだ夜の闇が遠き山並みへと消え去ったばかりの白であった 明日から師走